ステロイドホルモンを投与されている患者さんの歯科治療上の注意点 

出典:歯科における薬の使い方2003〜2006 編集委員佐々木次郎、柬理十三雄、天笠三雄、椎木一雄、金子明寛 デンタルダイアモンド社
    今日の治療指針 私はこうして治療している 2005 医学書院 
    今日の治療薬2005 南江堂 他
 副腎ステロイドホルモンの作用機序

  ステロイドが拡散により細胞膜を通過し、細胞内に入る。
  特異的受容体と結合するが、この時、受容体にもともと結合していた2分子の熱ショック蛋白が分離し、活性化したステロイドー受容体複合体が
    核内に移行する。
  ステロイドー受容体複合体がDNAの特異的結合部位に結合して、ある特定遺伝子のmessengerRNAへの転写を正または負に調節する。
  つまりステロイドにより様々なタンパク質の転写が制御される結果、多くの薬理作用が生まれる。

 副腎ステロイドホルモンの薬理作用  免疫抑制作用と抗炎症作用 主な作用点は、種々のサイトカイン産生抑制とアラキドン酸代謝に関わる
種々の酵素の発現抑制によるプロスタグランディン産生抑制である。抗炎症作用は少量でも発揮される。(プレドニゾロン1日5〜10mg)
抗体産生抑制作用は多量のステロイド投与下で発揮される。
(プレドニゾロン1日30mg未満では発揮されない。)

糖代謝 末梢組織では糖利用を抑制する。肝臓では糖新生、グリコーゲン合成を促進させ、糖耐性を低下させる。
蛋白代謝 末梢組織では蛋白同化を抑制する。肝臓では酵素誘導を促進する。血清と尿ではアミノ酸を上昇、クレアチニン値を上昇させる。尿酸排泄を促進させる。
脂質代謝 部位により脂質分解を促進または抑制する。血中脂肪酸を上昇させる。アラキドン酸代謝に関する酵素を抑制。(ホスホリパーゼA2↓、シクロオキシゲナーゼー2↓、プロスタグランジンE合成酵素↓)
電解質代謝 血清カリウム低下、カリウム排泄促進、活性Na上昇、Na排泄抑制、アルカローシス促進
血液成分 総白血球数の増加、好酸球の減少、好塩基球の減少、リンパ球の減少、赤血球の増加、好中球の増加、血清蛋白の増加(細胞により増殖、分化、浸潤、分泌の抑制)
神経系 中枢神経:興奮性↑、うつ状態を招く。 味覚低下、臭覚低下。
循環器系 心臓:収縮力増強、拍動数増加、血管を収縮させる。
消化器 胃液分泌促進
内分泌系 ACTH(Adrenocorticotropic hormone, Corticotropin副腎皮質刺激ホルモン)、成長ホルモン、甲状腺刺激ホルモンなどの分泌抑制。インシュリン分泌を促進。
結合組織 骨、軟骨、皮膚:コラーゲン産生を抑制。ムコ多糖類合成を抑制。
免疫系 胸腺とリンパ節重量が低下する。サイトカイン産生が抑制される。抗体産生が抑制される。細胞性免疫が低下する。
炎症反応 血管透過性が抑制される。白血球遊走抑制。肉芽腫形成が抑制される。種々の炎症性サイトカインが減少する。アラキドン酸代謝に関する酵素を抑制。
 副腎ステロイドホルモンの種類

 1群 プレドニゾロン 半減期が適度なため、我国では歴史的によく使われている。ヒドロコルチゾンに比べ、電解質代謝の副作用が減り、高血圧・心不全の誘発・増悪などの心配が少ない。
      メチルプレドニゾロン
      トリアムシノロン

 2群 作用の強力なステロイド ペタメタゾン、デキサメタゾン、パラメタゾン 強力。プレドニゾロンが無効な場合でも同じ力価のデキサメタゾン、パラメタゾンで効果を示すことがある。副腎萎縮は著しい。

 3群 ヒドロコルチゾン 電解質代謝の副作用があり、効果も弱いので普通は使われない。ショックや喘息の重積発作など緊急時に好んで使われる。
ステロイド 血中半減期
(t1/2)(時間)
糖質コルチコイド作用 電解質コルチコイド作用 1錠中の量(mg)
ヒドロコルチゾン(コルチゾール) 1.2 1 1 10
コルチゾン 1.2 0.7 0.7 25
プレドニゾロン 2.5 4 0.8 5または1
メチルプレドニゾロン 2.8 5 0 4
トリアムシノロン - 5 0 4
パラメタゾン - 10 0 2
デキサメタゾン 3.5 25 0 0.5
ペタメタゾン 3.3 25 0 0.5
 副腎ステロイドホルモンの適応

病名 成人一日量(プレドニゾロンとして) 使用上の注意
関節リウマチ
軽症膠原病
気管支喘息
5〜10mg以下
10〜30mg
強い喘息発作と悪性関節リウマチのとき30〜60mg以下で漸減
他の療法が無効なとき、症状が著しく強いときのみ使用する。
必ず減量・中止の可能性を考える。特に喘息は吸入ステロイド剤への
移行を考え、漫然と全身投与を続けない。
膠原病諸疾患
(特に重要臓器の病変に対して)
40〜60mg
症状、検査所見により漸減する。
心炎のあるリウマチ熱、臓器障害のある全身性エリテマトーデス、活動性多発性筋炎などが最適。初期量の後、漸減。
薬物アレルギー
種々の皮膚疾患

ネフローゼ
潰瘍性大腸炎
亜急性甲状腺炎
細胆管性肝炎
ルポイド肝炎

間質性肺炎、BOOP
サルコイドーシス
再生不良性貧血

溶血性貧血
ITP

悪性腫瘍末期
神経疾患(多発性硬化症、ギラン・バレー症候群、重症筋無力症)
30mgあるいはやや低用量。



ネフローゼ、潰瘍性大腸炎、間質性肺炎、BOOP、溶血性貧血、ITPなどにはやや多量。
40〜60mg必要なことがある。

疾患によって異なるが、なるべく一週間以内に効果を判定し、増減を考え、あまり長期にわたって使用しないようにする。
腎、血液疾患では3週間くらいしないと効果がはっきりしないことがある。
感染症 15〜30mg 強い炎症症状に対して短期間使用することがある。適切かつ十分な化学療法を併用。
悪性腫瘍 白血病:30〜60mg
悪性リンパ腫:30〜60mg
通常、他の悪性腫瘍薬を併用。
リンパ系疾患のほうが有効。
頭蓋内圧亢進症 デキサメタゾンで8〜20mg/日などを短期間 一般にはマンニトールまたはグリセオールで治療し、ごく一部の例のみ使用
ショック
喘息重積状態
ヒドロコルチゾン100〜1000mg 通常、点滴静注。一部急速静注することもある。
慢性副腎不全及び慢性副腎不全の患者の手術など ヒドロコルチゾン20〜200mg 慢性的な投与は20mg/日。急性増悪時には一時的に増量。
多くの皮膚疾患 各種軟膏 1日1回〜数回 局所少量では全身的な副作用はほとんどなし。重症では密封包帯法(副作用あり)。
各種関節炎(注射療法) メチルプレドニゾロン懸濁液4〜40mg/回関節腔内注射 多量または頻回では全身作用あり。
2週間以上の間隔をあける。
症状の強いときのみとし、定期投与は避ける。
軟部組織の炎症(注射療法) メチルプレドニゾロン懸濁液4〜40mg/回、局所注射。局所麻酔薬との混注が一般的 多量または頻回では全身作用あり。
2週間以上の間隔をあける。
症状の強いときのみとし、定期投与は避ける。
BOOP:Bronchiolitis Obliterans with Organizing Pneumonia、器質化肺炎を伴う閉塞性細気管支炎.
BOOPとは、肺の中の本来空気の入っている肺胞腔に、線維細胞の増殖を伴う肺胞内滲出物の器質化(炎症ででてくる滲出物の吸収が不十分で固まった物)といわれるものができ、周囲の肺胞壁(特発性間質性肺炎の項参照)に炎症細胞の浸潤がみられる疾患
ITP:特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura: ITP)は、他に
血小板減少をきたす疾患や薬物、放射線障害、遺伝的要因を認めず、赤血球、白血球系に
異常がなく、骨髄で低形成を認めない血小板減少症である。
 副腎ステロイドホルモンの副作用と対策 ステロイドの副作用は用量に依存して発現する。

 特に注意すべき副作用
(高頻度かつ重症化しやすいもの)
 感染症(全身性及び局所)の誘発・増悪
 骨粗鬆症・骨折、幼児・小児の発育抑制、骨頭無菌性壊死。
 動脈硬化病変(心筋梗塞、脳梗塞、動脈瘤、血栓症)
 副腎不全、ステロイド離脱症候群
 消化管障害(食道・胃・腸管からの出血、潰瘍、穿孔、閉塞)
 糖尿病の誘発・増悪
 精神障害(精神変調、うつ状態、痙攣)
 他の注意すべき副作用  生ワクチンによる発症
 白内障、緑内障、視力障害、失明
 中心性漿液性網脈絡膜症、多発性後極部網膜色素上皮症
 高血圧、浮腫。うっ血性心不全、不整脈、循環性虚脱
 高脂血症、低カリウム血症
 尿路結石、尿中カルシウム排泄増加
 ミオパシー、腱断裂、ムチランス関節症
 膵炎、肝機能障害
 高頻度の軽症副作用  異常脂肪沈着(中心性肥満、満月様顔貌、野牛肩、眼球突出)
 痙瘡、多毛、皮膚線条、皮膚萎縮、皮下出血、発汗異常
 月経異常(周期異常、無月経、過多月経、過小月経)
 白血球増多
 まれな報告例または因果関係不詳の副作用  アナフィラキシー様反応、ステロイド過敏症
 カポジ肉腫
 気管支喘息、喘息発作
 ショック、心破裂、心停止
 頭蓋内圧亢進、硬膜外脂肪腫
 副腎ステロイドホルモンの薬物相互作用 

 一般名など  相互作用
バルビツール酸誘導体(フェニトイン、リファンピシンなど) ステロイド剤の作用を減弱する。
サリチル酸誘導体(アスピリンなど) ステロイド剤はサリチル酸誘導体の肝での代謝及び腎での排泄を促進するため、両剤の併用時にステロイド剤を減量すると、血清中のサリチル酸誘導体が増加し、サリチル酸中毒を起こす可能性がある。
抗凝固剤 抗凝固剤の作用を減弱する。
経口糖尿病剤、インスリン製剤 経口糖尿病剤、インスリン製剤の作用を減弱する。
利尿剤(カリウム保持性利尿薬を除く) 低カリウム血症の発現
マクロライド系化合物 ステロイド剤の作用を増強する。
 副腎ステロイドホルモンと歯科治療上の注意点

補充療法を受けている患者⇒内分泌・代謝系の機能障害⇒循環器への影響
治療目的でステロイド剤を使用している場合⇒原疾患のコントロールが困難なケース

 副腎機能不全のリスク判断が重要になる。プレドニゾロン10mg/日以上で、間脳下垂体副腎系の抑制が生じる。実際にはより少量のプレドニゾロン5mg/日で3〜4週間以上投与されていれば、副腎機能が抑制されている可能性が高い。さらにプレドニゾロン20〜30mg/日で1週間以上投与されていれば、副腎機能の抑制を疑う。

副腎機能低下が疑われる患者にストレスが加わると、血圧低下、ショックなどを引き起こす可能性がある。

歯科治療時のステロイドの増量(ステロイドカバー)については必要性について議論があるが、循環動態の監視や救急時の対応が不可能な場合は、一時的なステロイドカバーを行なうほうが現実的である。その場合、手術当日の朝、常用量の1.5〜2倍のステロイドを投与する。

 易感染性、感染症状の不顕化に注意。感染予防のため、十分な量の抗菌薬を使う。

 消化性潰瘍に注意! プレドニゾロン20mg/日以上投与されている患者には、潰瘍予防のためにH2ブロッカーが投与されている。非ステロイド性鎮痛消炎剤の投与は極少量にとどめる。H2ブロッカーは「ヒスタミンを介する経路」を遮断して胃酸分泌を抑制し、消化性潰瘍を治癒させる。少量のプロスタグランジンは、胃粘膜を防御する働きを持っている。プロスタグランジン生合成を阻害する薬(アスピリンなどのいわゆる非ステロイド性鎮痛消炎剤)によって、消化性潰瘍の副作用が起こりやすい。